僕は音楽が好きだ。生演奏も好きだし、レコードやCDをきくのも好きだ。子供の頃から沢山の音楽に接してきたが、ここ15年ほどはクラシックをきくことが多かった。クラシック音楽はまるで広くて大きな森のようで、森に入り込んだ僕は、おいしい果物がある場所を発見してはそこに留まり、美しい景色が見える場所を見つけ、湧き水で喉を潤し、ヴェーヌスにからめとられたタンホイザーみたいに愛欲にふけり、満天の星空を眺めたりと、そんな風に楽しんできた。気がつくと15年がアッと言う間に過ぎてしまった。多分死ぬまでこうしてさまよい続けるに違いない。ある時期「こんなにクラシックが好きになって、今まで楽しんできたポップスやジャズやロックは楽しめなくなるのか」とひどく不安になった事がある。でも、その心配は無用だった。僕はクラシックも大好きになったが、同時にその他の音楽もさらに好きになっていた。
そして、カエターノ・ヴェローゾとブラジル音楽に出会った。
僕はもちろん写真や絵画を見るのが好きだ。美しいものや研ぎ澄まされたもの、絶妙なバランスを有しているもの、あるいは「突き抜けたもの」が大好きだ。だから、例えばスポーツの名場面だって芸術的だし、強烈にバカバカしいものに出会ったりしても、これはこれで感動させられてしまう。でも、それらと良い音楽に接した時の感激とどっちが強力かと考えると絶対に音楽だと思う。音楽には頭より先に細胞が反応する。どうやら耳と脳と心は直結しているらしい。音楽は無造作にやってきて、心の中にある感動のスイッチをいともたやすくONにする。すると僕はまるで虫ピンで止められた昆虫のように、なす術を失ってしまう。好きな音楽さえあれば、仕事も料理もアイロンかけも、少々辛いことも悲しい事もみんな楽しくなる。音楽は僕にとって、「愛」と等しいようだ。